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「顔面部のむくみに対する鍼灸治療」 |
vol.6 |
2011/6/9 |
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■はじめに
美容鍼灸の歴史は長く、その広がりは世界的にも大きい。中国では中医美容の1つとしてすでにその理論は確立しており、欧米諸国でも「副作用がなく安全」「比較的安価」「全身的な効果も期待できる」といった理由や、美容エステティックと境界領域を成すとの位置づけから、需要が高まっている。日本でも医療従事者を対象とした研修や学会活動・講演等が数多く開かれており、また、一部の教育機関においては専門課程が整備されるなど注目度も高い。
近年は様々なメディアや情報誌などで「美容鍼灸」という言葉を耳にするが、地域に密着する我々のような治療院(鍼灸師)の所にも患者からの問い合わせが増えており、ますますその高まりを肌で感じている。その大きな要因として「社会環境の変化」と「鍼灸の特性」が挙げられる。
ご存じのとおり、我が国は世界有数の長寿国となった。物質や娯楽にも満たされ、老若男女を問わず長く人生を謳歌できるようになり、さらに女性の社会進出も相まって人と接する機会が増えた。多くの人に「いつまでも健康で若々しく、そして美しくありたい」という当然の感情が生まれる。また、そのような感情は決して女性だけのものではない。当院にも経営者や営業職といったビジネスマン、接客業といった職種の男性も昨今は多く訪れる。
後者こそ、医療従事者である我々が美容分野にかかわることの大きな特徴である。治療を行っていると、そのときの身体の変化や体調が体表面に見てとれる、などの経験が日常的にあるだろう。また「顔色が悪い」「目が充血している」「顔や手足がむくんでいる」など、そのような事象を表す言葉は実にたくさんあるcまずは鍼灸の得意分野でもある身体の内部環境を整えることに重点をおき、それを体表面に反映させるのである。表面(見える部分)のみにとらわれず、身体の内と外から同時にアプローチすることができる鍼灸の特性を見れば、鍼灸師が美容分野に携わることは、ある意味、必然とも言える(写真1)。
■むくみ症状に対する治療のねらい
今回の報告は顔面部のむくみ症状についてであるが、まず術者はむくみの原因が「一時的なもの」なのか「病気が関与しているもの」なのかを見極めなくてはならない。後者の場合は心臓や腎臓、肝臓、甲状腺機能低下、また血管やリンパの循環障害、糖尿病、悪性腫瘍などが背景に隠れていることがある。顔面部や下肢のむくみが長引き、その他の随伴症状が見られる場合は医療機関での診察を勧める。当然のことながら術者は様々なケースを想定して最低限の西洋医学的知識を持つことが必要であることは言うまでもない。
また、むくみと一口に言っても実に様々なタイプがある。もちろん手や足など部位による相違もあるが関連症状を伴ったものもある。例えば「末梢部分や腹部の冷え」(=腹腔内臓器や特に消化器系の調子が悪い人が多い)、「のぼせやほてり」、「皮膚の乾燥」などもある(ここでいう内臓系の不調は機能性を指している)。このようなタイプでは内臓系の治療を補足的に、または並行しながら行う場合もある。
今回の症例報告では、一部に独自の治療方法を紹介している。これを当院では「中西結合選穴」と呼んでおり、美容分野だけでなく通常の治療にも多用している。東洋。西洋、双方の医学理論から症状やタイプに合わせて導き出した経穴で、より治療効果の高い選穴ができると考えている。
■東洋医学から見たむくみ
東洋医学から見る「むくみ」とは、津液の代謝異常により引き起こされると考えられる。津液は、飲食物から取り込まれた水穀の精微が牌で気化されて生成されたもので、17_・肺。腎の働きにより、三焦を通路として全身に送られる。
さらに、身体の熱源となる陽気の働きにより、体内の水分が水蒸気のように軽くなることで津液を正常に輸送し、余剰分は体外へ排泄されていく。
しかし、冷えや飲食不節などによりこれらの働きが低下すると、津液の巡りが妨げられてしまう。すると、体内に余分な津液があふれ、むくみが生じることになる。
■美容に影響を与えるむくみ
元来「美しさ」とは、外見的なものを指すだけではなく、健やかな心身と共に内外のバランスがあってこそ成り立つものだと考える。
しかし、「顔」は人と接するとき(特に第一印象で)最初に目がいくところであり、表情が人に与える印象が大きいことから、美容面だけでなく対人面においても大きな役害Jを担っている。
そのため、「身体に痛みがある」「気持ちが沈んでいる」「心身の不調」「シワやくすみなどの肌の不調がある」などの悩みは顔面部ヘフィードバックされ、表情まで暗くなってきてしまう。
顔に現れる不調はシワ、シミ、くすみ等があるが、「むくみ」も主たる訴えの1つとして挙げられる。好発部位は目のまわり、次いで頬から下顎、こめかみから側頭部などで、局所的なものから顔全体、頭部などにかけて広範囲にわたる。
また、これらの症状に頭部のむくみが付随することも臨床上多く見られる。頭部は、顔面部に比べると「むくんでいる」という自覚症状がないことが多く、訴えとしては「頭が重い」「頭を押すとブヨブヨする」と表現することが多い。
解剖生理学上では、頭頚部から顔面部にかけての循環障害となる。西洋医学では、睡眠、食事などの生活環境や精神的因子(ストレス・感情)について間診したうえで、むくみが生じる原因を探っていくが、東洋医学ではそれらに加えて、顔全体の血色、肌の艶、表情など視覚からの情報も探っていくこととなる。
■東洋医学でみるむくみの発生機序
下記の働きの低下・不足が起こると、むくみが生じると考えられる。
●津液に関する働き
牌:飲食物から生成し、全身・肺へ送り出す。
肺:運搬を助ける。
腎:不要になった津液を膀脱から排泄させる。
陽気:体を温めて津液を軽くし、巡りをうながす。
●低下する主な要因
身体的因子:冷え、飲食不節、六涅(特に風邪、 湿邪、 燥邪)
精神的因子:七情。特に思(考え過ぎ)、憂(憂鬱感)、恐(強い恐怖感)など
上記のような要因により、むくみの他に心身の症状が伴うことも多くみられる。
例えば風邪は、特に肺を侵しやすいため、身体の上部に症状が現れやすいという特徴がある。そのため、顔のむくみに大きく影響するほか、肌の乾燥や便秘(粛降作用の失調により津液が下焦まで到達せず大腸が潤いを失う)といった症状が伴ってくる。
冷えは腎を侵しやすいことから、病因は身体の深部まで侵していると考えられる。そのため、顔のむくみの他に下肢や腹部(主に下腹部)などにも冷え。むくみがみられる。
このように、病因がどこまで心身に影響を及ぼしているかによって、局所だけでなく、体幹や四肢など全身的に身体を診て治療範囲を決定していく。
■むくみの発生箇所と付随する特徴症状
顔面部。頭部のむくみが生じる箇所は、主に次の4つに分類できる。
1.眼嵩〜額〜前頭部にかけてのむくみ
眼富周囲は顔の中でも最も皮膚が薄いところであるため、肌の老化が特に目立つ部分である。
そのため、老化によって血や津液の巡りが悪くなると、浅頭筋や眼輪筋などの張りが緩んでくるために、むくみやたるみなどの症状が目立ってくる。また、顔面部における五臓の配置では、額は心の領域にあたるため、精神面の影響もかかわってくる。考えごとが多く寝付きが悪い、眠りが浅いなどの症状があると、疲労が回復されにくく全身的に筋緊張が高まる。その結果、外頚動脈からの頭蓋外動脈(前頭動脈・眼富上動脈や浅側頭動脈等)の循環障害が起こり、むくみが生じてくると考えられる。
【主要穴】上星・神庭(督脈)、本神・陽白・頭臨泣。曲費(胆経)、曲差・五処(膀脱経)
2.頭頂部のむくみ
頭頂部(百会付近)にむくみがある場合は、不眠症状や精神不安など心因性の訴えが伴っていることが多い。これは、頭頂部が督脈(脳の働きを調整する)、膀脱経(腎経とともに生殖・老化に関する)のルートにあたり、強い不安感や気力の低下などの心因性の症状が強まるとこの辺りの気血の巡りが妨げられるため、むくむと考える。
また、頭頂部から顔にかけての前頭動脈等の循環が滞るため、むくみに伴い、表情がぼんやりしている印象になり、眼下から額にかけての血色不良などの症状もみられる。
【主要穴】百会。前項・願会・神庭(督脈)、承光。通天・絡却(膀脱経)
3.側頭部のむくみ
側頭部は、浅側頭動脈が外頚動脈にかけて、そして浅側頭静脈が内頚静脈にかけて通っているため、この辺りは眼精疲労や頚部のコリに伴ってむくみが出現する傾向がある。また経絡上では、三焦経(津液を巡らせるルート)と胆経(肝経とともに血の巡りを促す)のルートにあたる。胆経は、肝の表裏にあたるため、肝と共にストレスの影響を受けやすい臓腑である。
そのため、側頭部のむくみにはストレスに起因する症状(心身の興奮、イライラなど)の訴えに伴っていることが多くみられる。また、日元のくまやくすみなどの症状も顕著に目立ってみえる。
【主要穴】聴会・頷厭・懸顧・懸産。曲質・天衝(胆経)、糸竹空・和膠・耳門・角孫(三焦経)
4.後頭部のむくみ
後頭部は、後頭動静脈が通っているため、この辺りのむくみは肩こり。頭痛・眼精疲労などの症状を訴える人に多くみられる。また、循環が滞ると顔全体の血色が悪く、全体的に日焼けしたように浅黒いような黒さが目立つ。
【主要穴】風府。脳戸。強間。後頂・百会(督脈)、承霊。脳空。風池(胆経)、玉枕。天柱(膀脱経)
■治療の流れと症例
私たちが行う治療は前述した「中西結合選穴」の理論に基づき、治療効果を高めるために、患部への施術に加えて、関連するリンパ節や主要血管付近のツボを選穴している。
鍼の種類は患者の体格や肌の状態、体調、鍼灸の経験度などにより、刺激量を変化させる目的で使い分けている。鍼の刺し方はほぼ単刺で、経絡やリンパの流れ、血管の走行(主要から末梢へ)に沿って刺入している。置鍼はいずれも8〜
15分程度行うが、患者の肌の張りや厚み、筋緊張の度合いによって変えている。
また、鍼灸施術の前後には、さまざまな手技を加えて行っているが、患者の症状によってはローラー鍼(写真2、3)を使用することもある。
ローラー鍼は、リンパ還流の促進を目的としており、顔面から肩、鎖骨下にかけて上下に転がすように使用する。顔面から頚部にかけて行う場合は5分程度、顔面から肩、鎖骨下まで行う場合は10分程度を要する。
頚肩背部へのマッサージ指圧は、鍼灸の前に、頭部、顔面部へのマッサージは鍼灸治療の後(抜鍼後)に行うことが多い。
症例1
【患者】
40代、女性、主婦
【主訴】
頭部(頭頂部)、顔面部(目元からこめかみ)のむくみ
【随伴症状】
頭痛(または頭重感)、肩こり、不眠症状(寝付きが悪い)、足の冷え
【現病歴】
慢性的な肩こりや頭痛があり、来院数日前より頭痛がひどくなる。それに伴い、日元からこめかみ、頭頂部にかけてむくみが出現。患者本人からは「頭が重い」「(頭頂部を指し)この辺りがブヨブヨする」と訴える。このような症状が出るときは、寝付きが悪く、眠りも浅い。
【既往歴】
パニック障害
【所見】
頚肩部の筋緊張が強い。既往歴でパニック障害があるため、体調が崩れると気力の低下や憂鬱感、怒りっぽいなどの心因性の訴えもある。
肌の張りもなく、全体的にたるんでいる。表情は暗く、眉間にシワを寄せている。
【治療】
<目的>
頚肩部の筋緊張緩和、頭から顔面部にかけての循環改善、精神面の緊張緩和
<鍼灸>
まず、浅頚リンパ節、深頚リンバ節の循環を促すために頚部マッサージや接触鍼による刺激などを行い、むくみの改善効果を高める。
鍼は、寸6-1番・寸3-0番を使用。頚肩部の筋緊張緩和を目的に僧帽筋、棘上部、精神の緊張緩和のために背部命穴へ刺鍼。いずれも8〜 15分程度置鍼。また、腰部から下半身にかけての冷えが強いため、冷えの緩和も同時に行う(写真4)。頭部。顔面部のむくみ改善には、むくんでいる箇所に直接刺鍼をする(写真5)。
<主要穴>
〈むくみの改善〉糸竹空、太陽、頷厭、四白、瞳子膠、百会、神庭、通天、絡却(筋緊張緩和〉肩井、身柱、天柱、風池〈精神を落ち着かせる〉心金、厭陰金、肝念〈冷えの緩和〉腎金、志室、命門、次膠、三陰交、陰陵泉、陰谷
【考察】
心因性の訴えが強いせいか、頚部交感神経節周囲の筋緊張と百会付近のむくみが強かった。
そのため、筋緊張緩和目的の頚肩部治療に加えて、交感神経節周囲〜肩甲間部の背部念穴を選穴した。
これらの緊張が緩むとリラックスしたようで、顔の表情が変わった。さらに、むくみの改善として循環をうながす顔面部の刺鍼に加えて督脈上に置鍼をしたことで、頭部のブヨブヨ感が治まり、顔面部では肌に赤みがさして明るくなり、全体的に引き締まった。
督脈上は、後頭動脈や浅側頭動脈などが分布していることから、頭部の循環改善を目的に置鍼をした。また、この頃には患者自身が深く眠っていたため、顔面部〜頭部への刺鍼はむくみの改善だけでなく、高いリラクゼーション効果が得られやすいと考える。
症例2
【患者】
30代、男性、会社員(SE)
【主訴】
頭部(後頭部)、顔面部(眼富周囲)のむくみ
【随伴症状】
肩こり、頭重感、眼精疲労。自覚はないが顔全体がむくんでいて血色が悪い。
【現病歴】
仕事がデスクワーク中心のため慢性的な肩こりあり、これがひどくなると頚部〜後頭部にかけて頭重感が出現する。時々軽いめまい、ふらつきを感じることもある。
【既往歴】
後頭神経痛
【所見】
後頭部〜頚肩部筋緊張が強く、「痛み」より「こって重だるい」との訴え。仕事が忙しくなると、眼精疲労も出現。顔は全体的にむくんでいて、顔色が浅黒い。頭皮や肌は突っ張っていて、頭部から顔全体にかけて表面が緊張し、やや厚めのゴム板のような感触である。
【治療】
<目的>
後頭部から頚肩部の筋緊張緩和、眼宙周囲の循環改善
<鍼灸>
鍼は、寸6-2番。寸6-1番を使用。後頭部〜頚肩部の筋緊張緩和のために後頭部、僧帽筋、棘上部にかけてと、眼精疲労緩和のために眼富周囲、むくみの改善のために後頭部と顔面部へ刺鍼。いずれも8〜 15分置鍼。抜鍼後、顔面部や頭部の刺鍼と同時に、後頭リンパ節や耳介後リンパ節の循環をうながすために、頭部全体から頚部のマッサージや乎L様突起周囲(完骨、風池)の指圧を行う。
<主要穴>
(むくみの改善〉聴会、頬車、下関、大迎、印堂、後頂、風府、承霊、玉枕また、補助として手三里、合谷、落枕にも刺鍼、施灸を行う。
〈筋緊張緩和〉天柱、風池、完骨、頭家陰、肩井
〈眼精疲労緩和〉翡風、太陽、陽白
【考察】
後頭部から頚肩部筋群の過緊張のせいか後頭部のむくみも「ブヨブヨ」しているというより、頭皮が引っ張られて硬く突っ張っている。そのため、筋緊張緩和、むくみの改善目的の経穴(後頭部から頚肩部治療)に加えて上肢の経穴も選穴した。
上肢の経穴は、頚肩部から頭部の循環を改善する補助として刺鍼を行なった。上肢は鎖骨下動脈からの分枝(上腕動脈や撓骨動脈、尺骨動脈など)、経絡上では指先から頚部、顔面部ヘの流注があるため、末梢部の施術も同時に行うことで頚肩部から頭部への循環がうながされる。
当症例では、頭皮や顔面部の肌に柔らかさが戻り、血色がよく顔の浅黒さが引いていったため、頚肩部から頭頂部にかけてのより高い筋緊張緩和効果が得られたと考える。
また、顔面部は耳下腺周囲や顎下リンパ節ヘの循環をうながす目的で浅側頭動脈や顔面動脈上の経穴を選穴した。
■おわりに
今回は、当院で行っている独自の考え方に基づいた治療法の一部を紹介した。筆者は、医学の東西をかかわらず、すべてにおいて万能はないという考えのもとに、日々の治療を行っている。患者の病態や症状、生活環境やQOLを加味して最善の治療法を選択すべきであることは、言うまでもない。鍼灸のみで様々な症状や疾患を治すことには限界があるのと同様に、美容分野においてもすべての症状を鍼灸師が解決できることはない。あくまでも美容効果を高める1つの方法であるというスタンスの下、鍼灸がその一助となれれば幸いである。
一般の方の美容鍼灸への関心と需要は確実に高まっている。現在は各々の治療院や治療家がそれぞれの特色を出しながら治療に携わっている印象を受けるが、通常の治療と同様に美容においても鍼灸の適応を十分に見極めることが大切である。鍼灸の効果を過信せず、今後しっかりとしたEBMと臨床を積み上げていくことが重要であろう。それが美容鍼灸という分野をさらに確立したものとすることにつながるのではないだろうか。 |
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執筆協力:向後ひとみ、杉野しのぶ |
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